≪ 紙飛行機が月を飛ぶ ≫

書いた人:アルビレオ(2004-04-23)


「紙飛行機だぁ?」
「そうだ、このケーブルの手前から投げてどこまで飛ばせるか勝負しないか?」

月面に立つ人影が3人。
ベースキャンプから5kmほど離れた場所でビーコンの設置作業をしていたが、今日は予定の作業を終えて迎えに来るローバーを待っていた。

「まだローバーの到着まで30分ほどかかる。ちょうど紙はあるし、暇つぶしの余興だよ」
「アンディ、空気のないところでどうやって紙飛行機を飛ばすんだ?」
「飛ばすというより投げると言った方が正確だな。空気がないから意外と遠くまで届くぞ」
「だったら紙を折らなくてもそのまま投げればいいじゃないか」
「気分の問題だよ」
「面白そうね。私はやってみるわ」
「ほら、リサは乗り気だぞ。トム、お前はどうする?」
「わかった、俺もやるよ。でも力任せに投げるだけだからリサは不利じゃないか?」
「そうだな……」
「私は投げ方で工夫するつもりよ。だから順番は一番最後にして。同じ方法を真似されたら、たぶんかなわないから」
「よし、なら力のある順にトム、俺、リサの順だ。それでいいな?」
「OK」
「いいわよ」

こうして、最初にトムが仕切り線であるケーブルにギリギリまで近づいて立つ。
「どうせ真空だから紙飛行機のできは関係ない。角度と初速度だけで決まるんだ。それっ!」
力いっぱい投げた紙飛行機はクルクル回転しながら飛んでいく。
「まるで紙飛行機とは思えない飛び方だな。まあ当然か」
「言い出したのはお前だろうが」
「飛び方は変だけど、それでもけっこう飛ぶものね」

次にアンディ。仕切り線より大きく後ろに下がる。
「リサ、残念だったな。こうするつもりだったんだろ?」
そう言うと月面を低く跳ねるように助走を始める。紙飛行機はトムのものより遠くまで飛んでいった。

「そうか、助走をすれば初速度を上げられるな。こんな単純なことに気づかなかったとは」
「地球でもやることさ。それに、とにかく強く投げればいいんだから地球でやるより簡単だぞ」
「でもこの低重力じゃ全力では走れないわよね」
「リサ、その余裕は俺とは違う手を考えてるのか?」
「初速度と角度以外にも変更可能なパラメータはあるってことよ」
リサはそこまで言うと助走のためにケーブルの後方に向かって行った。

「ねえ、ひとつ確認するけど」
「なんだ?」
「ケーブルより手前ならどこから投げてもいいのよね?」
「ああ。道具とかを使わなければな。いったいどこから投げるつもりだ?」
「上からよ」
言い終わるとすぐにリサは助走を始める。

「上?そうか、思い切りジャンプして高い位置から投げる気だな!」
「アンディ、お前の負けかもな」
そう言っているうちにリサはケーブルの数メートル手前で強く踏み切った。

「キャアァ――ッ!」
最後の踏み切りで力まかせにジャンプしようとしたリサは、身体全体が強く回転しながら空中に舞い上がる。
これではとても紙飛行機を投げるどころではない。
リサの紙飛行機は、トムのものよりずっと手前の位置で着地した。リサの身体といっしょに。

「計算通りにはいかなかったようだな」
「リサ〜、そこまで飛んだんならついでに俺たちの紙飛行機を回収しといてくれ〜」


背景画像提供:Johnson Space Center(NASA)