TrueLoveStory - 鍋のごほうび ≫

書いた人:アルビレオ(2003-12-31)


「おっ、いいところに〜」
神谷さんだ。しかもこういう声のかけ方をするときは、たいていろくでもない面倒を押しつけられると決まっている。
半ばあきらめながら声のした方に振り向いた。
「ねえ、今晩鍋作ってよ」
「は?」
詳しく聞くと、神谷さんの両親は仕事の関係で1週間ほど家を空けていて、いいかげんコンビニ弁当も食べ飽きたので日ごろ家の食事を作っている僕に作って欲しいということらしい。
「自分で作ろうとは思わないのか?」
「やってみたわよ、昨日」
「だったら……」
「その結果、あなたに頼んでるわけ」
「……」
昨日の晩何が起こったのかは、聞くのが怖くなったので触れないことにした。
「……で、材料とかは?」
「鍋はこれくらいの大きさ」
と、手で抱えるようなしぐさをしてみせる。
「それは参考になるけど、野菜とか肉とかはどれだけ残ってる?」
「元々そんなになかったけど、ほとんど昨日で使い切っちゃった」
冷蔵庫にあるものを片っ端からぶち込んだな―――
「あ、両親のいない晩に遊びにいくということは……お泊まりOK?」
「変なこと期待してんじゃないわよっ、このスケベッ!」
「うひゃっ」
「だいたい弟もいるんだから」
弟がいなければOKなのかな―――と思ったが、またカミナリが落ちそうなので口にするのはやめておいた。

放課後、材料の買い出しのためにパソコン部の部室に神谷さんを迎えに行くと
「ゴメン、部活長引きそうだから買い出しはひとりでお願い。うちの場所は知ってるでしょ?弟には言っておくから」
というわけで一人で買い出しに行くことになった。

いったん僕の家に帰ってるり姉の分の食事を作ってから神谷さんのマンションへ向かったが、なぜか誰もいないらしくカギもかかったままだった。
しかたないので1時間近く外で待っていると、やっと神谷さんが帰ってきた。
「あ、悪かったわね」
「寒いっ!神谷さんの弟が帰ってないみたいだけど?」
「今日は友達の家に泊まるらしいわ。アイツ、昨日の料理に懲りて逃げ出したなっ」
いったい昨日はどんな惨事が繰り広げられたのやら。

鍋の方はそんなに手のかからない材料を選んでおいたが、それでも野菜などをひと通り切っていくのは時間がかかる。
その間神谷さんは特に手伝うわけでもなく、パソコンをいじったりテレビを見て時間を潰していた。
そんなに期待はしてなかったけど、ちょっとさみしい―――

「できたよ」
「待ってましたっ!」
こたつの上にカセットコンロと鍋を置く。
「これで食べてみて。僕のオリジナルだから」
と、ごまだれの入った器を渡す。
「ありがと。ところでポン酢は?」
「あ、うちはいつもごまだれだから忘れてた。でも、ごまだれでも十分に……」
「ハア?信じられない!鍋を食べるのにポン酢がないなんて。早く買ってきなさいよ!」
「そんなに欲しいなら自分で買いにいけばいいだろう」
「嫌よ。外は寒いから」
「こっちはその寒い中をわざわざ晩ごはん作りに来たんだぞ。それくらい自分で買ってこいよ」
「何いってんのよ、ポン酢を忘れたのはあなたでしょ。自分のミスを人に押し付けないでよね」
「う……」

また言いくるめられてるよな―――
と、コンビニでポン酢を買いながら考える。外はもう真っ暗だった。
「買ってきたよ」
「ありがとっ、あなたも早く食べなさいよ」
見るとごまだれだけでもそこそこに食べている。
「ポン酢がなくても食べてるじゃないか」
「わたしは両方ないと気がすまないの。食べ終わったらごほうびがあるわよ」
ごほうび―――2人きりだし、期待してもいいんだろうか?

しばらく2人で雑談をしながら鍋を平らげた。久しぶりだったけど、ポン酢もいけるな。
「それじゃあお待ちかね、ごほうびタ〜イム」
そう言いながら神谷さんが部屋の明かりを消す。これは何かを期待できるかっ!

ほとんど真っ暗な中でベランダに出るサッシを開ける音がした。
「足元に気をつけてこっちへ来なさいよ」
と、神谷さんの声が聞こえる。ベランダ?
「これくらいの時間になると明かりが少なくて、意外とここからでも星がきれいに見えるのよ」
ちょっと期待しすぎたか、と思いながら声のする方に向かう。
まあ2人で星空を見るというのも悪くないな。高台にあるマンションの上の階だから見晴らしもいいだろう。

ベランダに出てみると、神谷さんが黙ったまま空を見上げている。
僕も見上げると、空一面に広がっているのは―――雲だった。
それまで硬直していた神谷さんが怒鳴り散らす。
「どういうことよーっ!」
さすがにこれにはどうフォローすればいいのか思いつかない。
「わたしに恥かかせるんじゃないわよーっ!!!」
冷たい風が吹き付ける冬のベランダに神谷さんの声が空しく響いた。
天気に文句言ってもしかたないだろ―――というか、近所迷惑。

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