書いた人:アルビレオ(2005-02-14)
風邪をひいた。熱もあったので学校を休んだ。
昼間はずっと寝ていて、目がさめると熱はまだあるけど多少は楽になっていた。
ドアのチャイムが鳴る。
玄関まで出てみると、神谷さんだった。
「あれ?神谷さん?」
「学校に来ていないからるりさんに聞いてみたら熱で休んだってことだから看病にきたのよ。るりさんは部活で遅くなりそうだって言ってたし」
神谷さんの看病!神谷さんとふたりきり!うれしいのは確かだけど、同時になんか不安が……
「見た感じ、まだつらそうね。早く奥へ行って休みなさいよ」
「わざわざありがとう」
「あまりたいしたことはできないと思うけど、あなたは病人なんだからやって欲しいことがあったら遠慮なく言ってよね」
ベッドで横になると神谷さんが声をかけてくる。
「ところで、ひょっとしてお昼ごはんは食べてないんじゃない?」
「うん、さっきまで寝てたから」
「じゃあ、作ってあげるわ」
「え?神谷さん料理はまったくしないんじゃ……」
「今回は特別よ。まあ病人にあまり変なもの食べさせるわけにはいかないし、私にも作れる簡単なものってことで……」
そういって自分のカバンに手をつっこむと
「じゃーん」といってカレーのルウを取り出した。
カレーならまあだいじょうぶだろう。でも……
「ひょっとしてルウしか持ってこなかったの?」
「どうせ他のものはあなたのうちにあるでしょ」
「まあごはんは炊いてあるし、カレーに使うものはだいたい揃ってるとは思うけど」
あいかわらず、いきあたりばったりな行動だな。
「読みどおりね。じゃあ、台所借りるわよ」
最初のうちは自分の部屋で寝ていたけど、神谷さんが鍋はどこだ野菜はどこだと何度もドタドタと聞きに来るので、結局僕がダイニングに座ってそこから指示することにした。
「カレー作るならエプロンぐらいしろよ。制服が汚れると困るだろ。僕が使ってるのがそこの引き出しにあるから」
「じゃあ借りるわね」
制服にエプロン姿の神谷さんの後ろ姿を眺めるのはめったにない機会だろう。
神谷さんにとっては大きめのサイズだけど、それもなんとなくイイ。
しかし……
「野菜をお湯で洗うなよ」
「どうせあとで煮込むんだから、お湯でも水でもいっしょでしょう。なにか問題ある?」
「そりゃあ……なんだっけ?あれ?」
「理由がはっきりしないなら、このままお湯で洗うわよ」
うーん、お湯じゃダメだと思うんだけど説明できない。
神谷さんが野菜を切る手つきは多少ぎこちないけど、手を切りそうな危ない動きということはない。何をやっても人並み以上にこなすところはさすがだ。
でも、あちこちに野菜の皮が残っているのに気にしていない様子だ。
結局器用な神谷さんが料理をしようとしないのはめんどくさがりだからで、そのアバウトさが料理をする姿にも見事に表れている。
あまり文句を言うと神谷さんの機嫌が悪くなるだけだろうから、野菜の皮程度はがまんすることにしよう。
それ以外は思ったより順調に進んでいたこともあって僕はいつのまにか眠ってしまっていた。
ふと目をさますと、僕の顔のすぐ横に神谷さんの足があった。
上から神谷さんの声が聞こえてくる。
「ああ、目がさめた?カレーはできたから、いまお皿を取ってるのよ」
見ると、椅子の上に立って棚の上の方にある皿を取ろうとしているところだった。
目の前に神谷さんの太もも……もうちょっと近くから見上げれば、短いスカートの中まで見えそうだ。
「いっとくけど、それ以上近くから見上げたらけっとばすわよ」
バレてる……
「おまたせ〜、できたわよ」
「ありがとう」
「早く食べてみてよ。病人向けってことで卵をいれてみたのよ」
それは神谷さんにしてはナイスな工夫だ。それに神谷さんの手料理というのは非常に貴重なものだ。たとえどんな味でも僕にとっては幸せといえるだろう。
ひとくち目。砂を噛んだようなガリッっとした感触。卵だけじゃなく卵の殻まで入ってる。
いいね、これでカルシウムもたっぷりだよ。トホホ……
ジャガイモを食べると非常に苦い。
「ねえ、ジャガイモの芽は取った?」
「え?そんなことしなきゃいけないの?」
「次からは取るようにした方がいいよ」
「そうね、考えとくわ」
いや、考えとくじゃなくて必ず取ってください。ジャガイモの芽は有毒です。
でもまあ、それ以外は特に問題もなくカレーを平らげた。
「どうだった?」
「熱があるからあまり味はわからなかったけど、(ジャガイモ以外は)おいしかったよ」
味がわからないだけじゃなく、熱のおかげで文句を言う気力もないというのもあるけど。
「そう?あなたにそういってもらえると自信になるわね」
しまった。下手にほめたのはまずかったかもしれない。でもわざわざ看病に来てくれたのにケチをつけるわけにも……
そんなことをしているうちにるり姉が帰ってきたので、神谷さんもひきあげることになった。
玄関まで神谷さんを見送る。
「今日はわざわざ看病に来てくれてありがとう」
「いいのよ。今は部活もヒマな時期だしね。それに看病って一度はやってみたかったのよ。うちではお母さんがいるからわたしはやることがなかったし」
そういう動機かよ。
正直いって熱で体力も気力もダウンしてるときに神谷さんの相手をするのは非常に疲れることがわかった。
「カレーもありがとう。それと……今度から僕の看病に来るときは、治ってからにしてくれると嬉しいな」
その言葉を聴いた瞬間に神谷さんの顔色が変わるのを見て、僕はやっと熱のせいでとんでもないことを言ってしまったことに気がついた。
「そうね……この次は元気なときに、あなたがブッ倒れるまで看病してあげるわよ!」
そう言うと勢いよく扉を閉めて行ってしまった。
横で見ていたるり姉があきれてつぶやく。
「あんたがバカだってことは知ってたけど、ここまで底なしのバカだったとはねぇ」
その後しばらくの間、神谷さんは学校で会っても口をきいてくれなかった。