TrueLoveStory - 神谷菜由 vs 涼宮ハルヒ ≫

書いた人:アルビレオ(2006-05-15)


インチキくさい野球大会の翌週、部室棟の階段をのぼって廊下を曲がると同じように部室に向かうハルヒの後ろ姿が見えた。
よく見るとその奥、部室のドアの前あたりに誰かが立っている。
その背の低い女子生徒は近づいてきたハルヒに声をかけた。
「涼宮ってのはあなたね?私はコンピュータ部の神谷――」
「どいて」
ハルヒはそれを無視してとっとと部室に入ってしまった。
「なにあれ?あれが1年の態度?」
俺を見つけた神谷さんとやらがいきなりまくしたてる。でもあなたが上級生なんて、言われなきゃわかりませんよ。
彼女は俺をにらみつけるだけで何も言わず、ドアを開けて部室に入っていった。

「無視してんじゃないわよ!」
そうわめいている神谷さんのあとから俺も部室に入る。
それにしてもあのコンピュータ部に女子部員がいたとは。前にあそこに行ったときはいませんでしたよね?
「あのときはたまたまサボってたから……って、そんなことはどうでもいいのよっ!コンピュータ部だといえば用件はわかってるでしょ?」
まあ、ハルヒが強奪した最新型パソコンの件ですよね。ハルヒのことだから、取り戻したりしたら部長の例の写真を本当にばら撒きかねませんよ。
「やりたきゃやれば?そんなことしてもこっちは痛くもかゆくもないんだから」
その言葉に俺は耳を疑った。朝比奈さんも驚いたようでキョトンとしている。あの事件の時にはまだ不在だった小泉の反応はいまひとつ。長門は――聞こえていないかのように本を読み続けている。
「彼には部を辞めてもらったのよ。つまりもうあんたたちには何の負い目もないってこと」
部長をクビにしたぁ!?
確かにでっちあげの証拠写真を撮られたのはあの部長だけなので、彼が退部すればコンピュータ部としてはSOS団にパソコンを差し出す理由はなくなる。とはいえその部長氏自身は弱みを握られたままであることには変わりない。なんとも強引かつ冷酷非情な解決策だ。
「だから脅したいなら勝手に前部長を脅せばいいわ。うちには関係ないから好きなだけ写真をバラ撒きなさいよ」
「それは困りますぅ!お願いですからやめてください……」
これには朝比奈さんの方が本気で困った顔をしている。大丈夫、朝比奈さんの胸を男が掴んでいる写真をばら撒くなんてことは俺がさせませんから。少なくとも阻止する努力はしてみます。
「冗談じゃない!これはもうあんたたちから貰ったものなのよ。今さら返す義理はないわ」
そんなハルヒの前に背の低い上級生が立ちはだかる。
「ムチャクチャな脅迫をしておいてそんな理屈が通ると思ってるの?どうしても返すつもりがないなら生徒会にクレーム出して部室ごと取り上げるだけよ」

「さあ、わかったらこいつをさっさとうちの部室まで運んでちょうだい」
ふんぞり返ってそう言い放つ神谷さんに突然ハルヒが近づいていく――と思った瞬間、フラッシュが光って神谷さんの悲鳴が響いた。
「キャッ!何すんのよこのバカ!!」
なんとハルヒは神谷さんのスカートをまくりあげやがった。右手にはいつの間にかデジカメを持っている。
「写真をばら撒かれても痛くも痒くもない?これでもまだそんなことを言えるわけ?」
ハルヒはこれ見よがしにデジカメをふりかざす。なんでこいつはいつもいつも予測不能な無茶ばかりやらかすんだ。

「この――」
と、今度は神谷さんがハルヒに向かっていくのを見て、俺はあわててふたりの間に割ってはいる。もうちょっとで神谷さんがハルヒのスカートの裾に手をかけるところだった。
というか神谷さん、普通ならそこはカメラを取り上げようとするところでしょう。なんでスカートをめくり返そうとするんですか。これじゃまるで小学生同士のケンカですよ。
それから小泉、のんびり見ていないで神谷さんを引き離してくれ。俺はハルヒだけで手一杯だ。
「申し訳ありません神谷さん、しかしここはひとまず落ち着いてください」
そんな俺と小泉を間に挟んで、ハルヒと神谷さんのにらみ合いが続く。

「フン!どうせあの状態じゃまともに撮れてるはずもないでしょ。今日のところはこれぐらいにしとくけど、わたしが部長になった以上は絶対に取り返すから覚悟しておきなさいよ!」
それだけ言うと、神谷さんは荒々しくドアを開けて出て行った。
部長だって?ということはつまり、ふだんはサボってたのにハルヒがパソコンを強奪したことをネタにして前部長を追い出し、まんまと自分が部長に収まったということか?なんて人だ。

「なによあれ。覚悟しておけ?気分が悪いから今日は帰るわ」
そう言ってハルヒも出て行く。おいおい、今日のお前は神谷さんのスカートをまくるためだけにここへ来たのか?

ハルヒが出て行ったあと、小泉が俺に話しかけてきた。
「今日はまるで涼宮さんがふたり来たような騒ぎでしたね」
物騒なことを言うんじゃない。まさかあの人までハルヒのようなふざけた能力を持っているとかいいたいのか?
「それはありそうにもないですね。少なくとも僕に知ることができる限りでは」
「心配ない」
さっきまでの騒ぎの間、ひとこともじゃべらなかった長門がはじめて口をひらいた。
「神谷菜由は涼宮ハルヒに比較的近い精神構造を持つが、ごく一般的な人間にすぎない」
小泉はあてになならいが、長門がそういうのなら安心できる。とはいえ、あの様子ではまた近いうちにケンカを売りに来そうな感じだ。やれやれ――

その後も神谷さんは何度かあの手この手でSOS団の部室を襲撃してきたが、パソコンを奪い返すことはできなかった。
「神谷さんもがんばりますねぇ。おかげでこちらとしては大助かりです」
なにをいってやがる小泉、大迷惑の間違いだろうが。
「いえいえとんでもない、このところ閉鎖空間が発生していないのはたぶん彼女のおかげですよ」
どういうことだ?ハルヒは神谷さんが来ると、その日はつまらないことにまで怒ってばかりじゃないか。むしろストレスの原因だろうが。
「僕も最初のうちはそう考えていたのですが、現に空間は安定しているのです。恐らく涼宮さんは自覚はないにしても、神谷さんとのやりとりを楽しんでいるのではないでしょうか」
そんなバカな話があるか。あのふたりはどちらも本気で相手をやりこめようとしているようにしか見えんぞ。
「そこがポイントですよ。今までこれほどしつこく涼宮さんに立ち向かった人間は恐らくいなかったでしょう。僕たちを含めてもね。そういう意味では神谷さんは涼宮さんにとってはじめてめぐり合ったライバルと言ってもいいのではないでしょうか」
言われてみると神谷さんとやり合っているときのハルヒはいつも以上に威勢がよく、見ようによっては活き活きしているといえなくもないが、いくらなんでもそれは都合よく解釈しすぎじゃないか?
だいたいそれに巻き込まれたり仲裁に入ったりするはめになる俺たちにとっては迷惑以外の何物でもない。最悪の場合、神谷さんが卒業するまで俺たちはこんなことを続けにゃならんのだろうか?
「それはないと思いますよ。おふたりとも執念深いと同時に非常に飽きっぽい性格のようですから、他に興味が移ってしまえばそのうちおさまるでしょう」
だったらなるべく早いうちにそうなって欲しいもんだ。平和維持軍の活動にも限界ってものがある。

小泉の予想が当たったというべきなのか、梅雨が明ける頃には神谷さんの来襲もほとんどなくなり、ヒマになったハルヒは取って付けたような七夕祭りに俺たちを巻き込んだ。
聞いた話では神谷さんは同級生の男子をパシリのように使って楽しんでいるとか。とりあえずしばらくはSOS団にちょっかいを出してくる心配はなさそうだ。